Londonの街角で♪小さな子供達って、どうしていつもこんなに楽しそうなのでしょうか。大人には見えないものが、見えているのかもしれませんね。こんな記事がありましたが、子供の頃の方が正しい答えを知ってたのかもしれないなぁって、そんなことを考えてしまいました。↓
経済学の試験まであと一週間☆この半年で学んできたことを、もう一度振り返るという過程の中で、改めて経済学のおもしろさ・そして奥の深さに気が付くことができました。
思い返せば一年前、政治学に夢中で、経済のことなんて全く知らなかった私が出合った
「
・・・エコノミクス(経済学)って、ギリシャ語の"オイコノミコス(oikonomikos)"から来ているんです。オイコノミコスとは・・・共同体のあり方、という意味なんです」という言葉。
そして初めてのマクロ経済の授業で教わった、「経済学」というのは「不可能なことを可能にすること。」「目に見えないものを見えるものに変えるもの。」という言葉。
それらの言葉の本当の意味が、今になってやっと分かったような気がするのです。
会計学は、会社・個人によって生み出された、お金の出入り。その流れだけを追うもの。一方の経済学はどうやったら限られた資源から、どうやったら最大限のwelfare(幸福)を生むことができるかを考える学問。だから、経済学者が扱うのは、お金という目に見える価値だけではなくて、目に見えないものの価値まで考慮にいれる・・・。
例えば、おにぎりを1つ(120円)を買ったら、会計学上では「マイナス120円」とだけ記される。だけど、経済学では、もし払った120円分より大きな満足を得ることができたら「(満足)-(120円)分の幸福」が生まれたことになる。でも、もしかしたらその120円で、おにぎりじゃなくて、プチサラダが買えたかもしれない。そうすると、おにぎりを選んだことによって「プチサラダを買うことによって生まれたかもしれない幸福」を得る機会を逃してしまったことになる。つまり、さらに「(満足)-(120円)分の幸福」からopportunity cost(機会費用)分をマイナスしなくっちゃいけない。
おにぎりだったら、それだけかもしれないけれど、例えばタバコだったら、さらにそこから「健康への害」や「周囲の人の健康への害」などもマイナスすることになって、結局120円の出費は、その人にとって、さらには社会全体にとって、「マイナス」だったのか?それとも、利益(benefit)を生んだのかを考えるのです。
でも、こういうことって、普段私たちが知らないうちに考えてやっていることですよね。それを経済学では、国や社会という広い視点で考えてみようとしているだけ。
授業で扱ったものを例にすると、医療保険や貧困・貧富の差と所得の再分配の関係。交通網整備や住宅の価格と地方開発の関係。国家の市場介入と自由化の関係・・・など政治の討論でよく扱われるようなものから、音楽や幸せと経済の関係などと、私たちの興味をそそるような面白いトピックまで、経済学というのは本当にありとあらゆるものを、目に見える形で(お金というモノサシで)計ることができちゃうのですよ!本当に奥が深いでしょ☆☆
そんなことを考えていたらね、この価値を計る「お金」というモノサシ、このモノサシでさえも、実は目には見えない様々な価値が付随しているんじゃないかなぁ。って思ったのです。
今まで 「お金より大切なものがあるはず!」って、「お金」というものをひとくくりにして考えてきたけれど、同じ120円でも、いろんな幸せが買えるように、同じ120円でも、価値の重みがあるんじゃないかなぁって。そう思ったの。
毎日一生懸命働いて稼いだ、その汗と努力の結晶として生まれたお金もあるだろうし、反対に、人をだまして手に入れたお金もある。いったん通帳に記されてしまえば、その数値に違いがなくても、やっぱり2つのお金の重みは違う。
単なる紙(紙幣・手形や株券など)が国や銀行・会社の信用の大小によって、100万円にもなるし1円以下にだって変化するように、一枚の紙幣にも、一人ひとりが込めた想いによって、価値は変わるのだと思うのです。
私は自分で仕事をしてお金を稼いだことはないけれど、小学校のときにテストで100点とった時にもらった100円玉は、ほかの100円とは全然輝きが違って見えたのを覚えているし。初めて大学で授業料を払った時には、銀行の通帳の数字を見て、一生懸命、暑い日も寒い日も、汗を流して働くパパの姿・自分のおしゃれよりも、私のためにって言ってくれたママの姿が重なって、自分が今から払おうとする金額の重みを実感した。
"Whoever said money can't buy happiness isn't spending right."
(お金じゃ幸せは買えないって言う人は、お金の正しい使い方を知らない。)
っていうのは、ある車の広告のセリフだけれど、一理あるなぁって思ったのです。
お金よりも大切なものがあるからといって、お金の大切さを、そのお金の価値や、込められた想いの大きさを忘れてはいけないんだってね。
たとえば、銀行はお金からお金を生む。なんて意味のない・・・。そう思うかもしれない。でも、もし目的を間違えなければ、すごい仕事ができる機関だと思う。今はお金がないけれど大きな夢を持っている。そんな人々の夢の現実へ、手を貸すけことができるかもしれないし。もっと大きな組織になれば、その資本力を使って、貧しい国の再建を手助けすることもできる。お金という道具を使って、たくさんのひとの夢や幸せを作ることだって、できる可能性があるのです。
夢を作り出すか、それとも不幸を作り出すかは、結局はお金を使う人の理想や考え方に懸かっているわけなのですよね。
インターネット上の数字のみで取引が可能な今の時代は、そんなお金の大切さすら忘れられているのかもしれませんね。お金に込められた想いや努力の大きさに気が付くことができれば、無駄使いをすることもなくなって、もっと大きな幸せを得ることができるのではないのでしょうか。
いかに限られた資源で、最大限の幸せを生み出すことができるか・・・。
そんな経済学の命題が、私にそう教えてくれたような気がします。